【働く天使ママインタビュー#13】ゆうさん
様々な業界・職種で働く天使ママ達が、どんなことを感じ・悩み、気づきを得て歩んできたか、今まさに歩んでいるのか。働く天使ママの体験談をiKizukuがインタビューしてご紹介します。
今回は、ゆうさんのご経験をご紹介します。
《#13 ゆうさん》
【プロフィール】
・ゆうさん(東京都在住/40代)
・仕事:デザイナー
・雇用形態:正社員
・経験:第三子を13週で死産、第二子出産以降4度の流産を経験
1.あなたのお仕事について教えてください。
新卒で入社した企業(メーカー)のデザイン部門で勤務しています。いわゆるインハウスデザイナー(事業会社に所属するデザイナー)として、自社商材のデザインを担当しています。
2.あなたのご経験について差し支えない範囲で教えてください。
2024年3月、第3子を13週の妊婦健診にて心拍が確認できないとのことで、15週で死産という形で出産しました。41歳での経験でした。不妊治療はしていませんが、ずっと第3子を希望していて第二子出産以降、4度の流産をしています。流産後の検査で不育症と診断され、今回の妊娠では妊娠継続のためバイアスピリンを服用していました。
3.ご経験されたときのお気持ちを教えて下さい。
4回の流産を経て、5回目の妊娠、何とかこの子は守らなきゃ…と思いながら過ごし、今までの流産で越えられなかった心拍確認の壁もできて、少し安心していた矢先のことだったので、呆然としました。必死にしがみついていた妊婦のコースから蹴落とされてしまったという気持ちでした。私の体はまた赤ちゃんを要らないものと判断してしまったんだと思って自分に腹が立ちました。
つわりもしんどくて、ほぼ寝たきりで点滴を打ってもらったりしながら毎日過ごし、何のための時間だったのだろう、何とか頑張っていたのに神様はなんて酷いことをするのだろうと思いました。ずっと第3子が欲しかったのですが、もう諦めることにしました。
4.ご経験後、精神的・身体的な影響はありましたか?
退院後は胸が張り、痛かったのでタオルで巻いた保冷剤を胸に当てて冷やしていました。上の子たちの出産した時の感覚が蘇りましたが、今回は母乳をあげる子はいないという現実でいっそう悲しくなりました。
自分の身体が赤ちゃんを排除してしまったかもしれないのに、なんでお乳を出そうとしてるんだと腹立たしくもありました。お腹の子を大きく育てたわけでもないのに、出産するだけでこんなに身体が反応するんだなと思いました。死産の原因は分からないけれど、子宮で赤ちゃんを育てられなかった自分と、赤ちゃんを育てるための母乳が出る自分の身体に矛盾を感じました。
産後の母乳ケアを利用しようとは特に考えませんでした。これまでの経験上、そこまでの乳房の張りではないと感じていました。もし一人目だったらもっと不安になっていたかと思います。先生が「薬も必要なら出すからね」と言ってくれた言葉が、何かあれば先生に相談すればいいという安心感になっていました。
その後身体は全く元通り、健康体ですが、いつでもふとした時に感情が揺れると涙が出てきます。友人の妊娠を素直に喜べなかったり、グループLINEでの出産や産休の話題が出るとしんどい時があります。新生児ちゃんを抱っこしたりするのが大好きだったのですが、先日親戚の新生児ちゃんに会うことがあり、見るのが辛くその場から離れてしまいました。今も新生児を見ると心がズキズキします。1〜2歳は大丈夫なので、私は新生児を見るのは辛いんだなと感じました。新生児のふにゃふにゃした雰囲気が、死産した子を思い出してしまいます。
5.ご経験後、仕事はどの程度お休みされましたか?それはどのような制度でしたか?
つわりが酷くて妊娠初期からすでに休んでいました。体調が悪いのに職場に行っても迷惑をかけるし、心配もかけるので、休んだほうがいいと感じていたので。つわりで傷病手当が取れることも経験から理解していました。
つわりで休んだ状態のまま産後休業をとり、その後復帰しました。制度については、2年くらい前に、友人が死産時に産休を取得してたことで知っていました。病院でも産休は取れるからねと言われました。病院が書く必要がある書類があれば何でも書きますよ、と言っていただけました。
過去に流産をした時には、1週間程度の休みを、化学流産の時は2日程度有給を取得しました。先生からは「状態としては明日から働いても問題はありません」と言われましたが、気持ちを落ち着かせたくて同じ部署の同僚に事情を話して休ませて貰いました。
6.お休みの間、どのように過ごされていたか教えてください。
家の断捨離をしました。赤ちゃんがもし来たら…と思って取っておいた育児グッズ、マタニティー用の下着や服など、もう必要ない!というところからはじめて、家じゅうの物の見直しをして、売ったり捨てたりしました。天使ちゃんの命名書を作って、骨壷を飾る場所を新たに作りました。仕事とつわり生活により家の中が停滞していたので一気にアップデートした感じで達成感がありました。それでなんとかメンタルのバランスを取っていたような気もします。
7.ペリネイタルロスが判明する以前に、妊娠の事実は職場に伝えていましたか?
妊娠初期から休職しており、その際上司と、同じ部署の同僚には事情は話しています。人事や社長も知ってると思います。
8.職場へはご経験の事実、その後のプロセス、お休みの仕方、体調、働き方などに関してどのように連絡・相談しましたか?その連絡・相談のやり取りについて、また相談後のやりとりについて、大変だったこと・ご自身で工夫したこと・改善してほしいことがあれば教えて下さい。
これまでの経験上、上司と人事はあまり信頼できないと感じており、会社に頼るよりもまず自分たちで調べようと、夫と一緒にこども家庭庁のホームページをみたり、検索したり、情報を入手しておきました。一人目の育休の時も、育休を延長する際に、人事が関連の制度を知らなかったことがありました。そのことがきっかけで、自分で調べて制度を理解し、知識武装をした上で人事とやり取りするようになりました。夫もこれまでの会社の対応経緯を知っているので、サイトで調べてくれ、私が人事とやり取りをしました。
メンタルがささくれていたので、会社側には少し反抗的な対応をしてしまったかもしれません。人事部は死産による産休制度のことはわかっているようではありましたが、こちらが知識武装しすぎたせいもあり、この件はどうなりますか?と色々先走って確認してしまいました。
こども家庭庁のHPはまとまっていましたが、細かい部分がわかりにくいなと感じました。特に社会保険の免除の部分などです。私の場合は、死産の前から休んでいたので、その場合は産前休業になるのか、その場合は休み中に支払っていた社会保険料は戻ってくるのか、などを確認したかったのですが、調べても出産を前提としたケースしか書いてありませんでした。会社の人事・総務向けに、死産の場合の個別フローを作り、わかりやすくまとめられている資料があるといいなと感じました。
結果的には、つわりでの休職期間は産前休暇にあたる期間よりも前の部分は傷病休暇という形で傷病手当の手続きをとり、あとは産前産後休暇という形にしました。諸々の書類に本来の出産予定日や死産手術をした日、死産という項目にマルを入力するのはきつかったです。
同僚にはLINEで伝えました。超繁忙期での離脱に関わらず、迷惑だと思わないで、こちらのことは気にしないでねと言ってくれて、復帰したらしっかり仕事で恩返ししようと思いました。
9.職場復帰する際に考えたこと、感じたことを教えてください。お仕事を休職・退職された場合はその際に考えたこと感じたことを教えて下さい。
つわりでの休職を含め、5ヶ月ほど急にフェードアウトしていたので、事情を知らない人はどう思っているんだろう・・・どういう顔をして会えば良いのかと不安でした。流産も何度も繰り返してなんだかお騒がせ者、という気がして恥ずかしい気持ちもありました。子供達が私が家にいる状態で安心しているように感じたので、このままフェードアウトしたいなという気持ちも正直ありましたが、お休みさせていただいたからにはもう少しだけ頑張って恩返しして、そのあとまたその時に考えようと思いました。
10.職場復帰後はどのように働いていますか。働き方やモチベーション、キャリアに関する考え方はご経験前後で変わりましたか?ご経験から時間が経っている方は、復帰当時と現在それぞれについて教えて下さい。退職、休職中の方はどのように過ごされていますか。
復帰後の仕事への悪影響は特にありませんでした。上司との面談は特にありませんでした。上の子の育休復帰時にも面談がなかったり、良くも悪くも放置されがちな部署なので、時短制度などもありませんがマイペースに仕事復帰しています。働き方は今は変わっていませんが、 長い時間拘束されて働いている今の働き方について今後変えていこうと考えています。
妊娠前に行っていた転職活動を進めてみたり、アンテナを張って、気になる活動や講演、キャリア相談、ワークショップに参加してみたりしています。自分の死産の経験が誰かの役に立てたら良いなとも思っています。子供といる時間や、自分の気持ちを大切に生きていきたいとさらに強く思うようになりました。
仕事に対するモチベーションは変わっていませんが、このまま働いていることには疑問を抱いているのでキャリアコンサルタントの方と繋がり、定期的に1on1をやっています。その方はフリーランスでキャリアコンサルタントとして働いている女性で、今回の経験も含めて話しています。その方も実は流産を経験されていらっしゃって、「とてもお気持ちはわかります」と私の話を聞いてくれました。コンサルを受けながら少しずつ自分の目指す方向性が見えてきたので、仕事も以前よりは考えながら取り組んでいます。
11.職場の人との関係について、辛かった・嬉しかった・助かった声掛けや対応、経験前後の変化などがあれば教えて下さい。
復帰まえに「気にせずゆっくり休んでね」と言ってくれると嬉しかったし、復帰した時も普通に受け入れてもらえてよかったです。どのような顔で復帰すればいいかを、信頼する他部署の人に相談したことがあります。その人からは、「普通にいればいいですよ」というアドバイスをもらいました。
復帰後は事情を知らない人は「どうしたの?」と声を掛けてくれる人、「大丈夫ですか?」と心配してくれる人、何も聞かず、何事も無かったかのように、「またよろしくー」と言ってくれる人など様々でした。同僚で突っ込んだ質問をしてきた人もいて、どこから知ったんだろうと思うこともありました。何も言わない人も何があったのかなと思っている人もいたかもしれないです。
「どうしたんですか?」と職場の方から聞かれた際には、聞かれた場所によって、パターンを分けて答え方を変えていました。オフィスの自席で聞かれた際は、周りに人もいるので「体調が悪かった」などと答えていましたし、1対1の環境であれば、きちんと伝えていました。若い人には、死産と言ってもわからないと思い、「つわりで休んでいて流産した」と説明していました。戸惑いながら「なんと言っていいか…そういうこともあるんですね。」と言われて「そういうこともあるんだよね」と言いました。謝られましたが私は知ってほしかっただけなので、全然大丈夫ですよということを伝えました。
「いつから育休に入るんですか」と突っ込んだ質問をしてきた人もいました。その瞬間、この人に事実を教えなきゃと思いました。その方には、「死んだ子を産んできたんです。」と伝えたら、「ごめんごめん」と謝られました。その人は3人の子供がいる方なのですが、私も何事もなく3人出産していたら、この人のようになっていたかもしれないと思い、「無事に生まれるケースだけじゃない」ということを伝えたかったのです。話したら涙が出てくるかもしれないけれど、この世の中に私のような人もいるんだよと伝えていきたいと考えるようになりました。
会社の人に説明する時に「流産」という言葉を使ったのは、自分の中で、死産はもっと臨月に近いイメージがあり、私の週数で死産と言っていいのかという気持ちがありました。この思いは今でもあります。また、今回の経験が12〜13週だったこともあるので、流産にカテゴライズされたかもしれないという気持ちもありました。
12.ご家族(パートナー・ご両親・ごきょうだい等)との関係について、ご経験時・お休み期間・職場復帰時・その後の働き方について考える際など、どのように相談されましたか?
どのようなサポート・やり取りなどがありましたか?
夫と色んなことをよく話しています。死産時には夫も一緒に泣いたし、奥様を支えてあげてね、と周りから言われていて、本人も辛いのに仕事もしながら可哀想だなと感じました。火葬の手続きや葬儀屋とのやり取りなどやってくれて有難かったです。
夫は休みもとらず、疲れている時に、ポツリと気持ちを話すことがありました。自分もしんどいのに、職場で心身不調の子の面談をしないといけない、というような話をしてくれたことがありました。男性は産休もなく、周りにも言いづらいので、女性とまた違った辛さがあると感じます。
両親にも心配をかけました。月一で何かしら食べ物を送ってくれて、体を気遣ってくれる言葉もよくもらいます。義両親からも「笑顔が一番だよ」と優しい言葉をもらいました。
13.今、振り返ってみて、こうしたのが良かった、こうすればよかった、当時のご自身に伝えたいことなどはありますか?
■やってよかったこと
火葬場のタイミングで、偶然ですが火葬まで時間ができ、天使ちゃんと退院して3日ほど一緒に過ごせたこと。家族で川の字になって寝ている部屋で一緒に寝たり、家族と一緒に過ごしました。2人の子にしたことと同じように天使ちゃんの名前を考えて、縁起のいい字画を本で調べて決めました。火葬時には命名書を棺に入れました。
また、火葬後は部屋の一角に骨壷や火葬前に撮った写真を飾ったコーナーを作ったことも良かったと思います。息子と娘がいますが、特に娘(当時小2)が赤ちゃんを心待ちにしていました。お腹の中で亡くなっていることを伝えた時、「なんで!?」と泣いていました。可哀想な思いをさせてしまったと思いましたが、一緒に天使ちゃんにあげる折り紙をつくったり絵を描いたりしてコーナーに飾りました。それが良かったのか、子供達からは〇〇ちゃんは卵が食べれたかなぁ(生卵がアレルギーなので)とか、産まれてたら今頃ハイハイしてたかなぁとか、ひいばあちゃんとお空で遊んでるかなぁとか、普通に会話によく出てきます。
この間娘が「〇〇ちゃんはもしかして大谷翔平の赤ちゃんになったかもしれないね!」と言っていて思わず笑ってしまいました。我が家にもう一人の兄弟がいる感じで、子供達がポジティブな感じで話してくれることが救いになっています。「ママのところにはもう赤ちゃんは来ないだろうから、周りの赤ちゃんに優しくしてね」と伝えています。
子供たちに感情を無理に隠そうとせず、子供の前でも泣いたりしましたが、「あなたが生きてることは奇跡なんだよ」「生まれてきてくれてありがとう」ということを全力で伝えられたのはよかったと思います。
娘さんが描いた天使ちゃんが天国で楽しく暮らしている絵
■こうすれば良かったこと
死産届提出を葬儀屋のプランに入っていたため、そのまま葬儀業者にお願いしたのですが、病院の所在自治体に提出されてしまったので、自分の住んでいる自治体に出すようお願いすればよかったと思います。
何故かというと、自分の自治体から妊娠8ヶ月になるはずだったあたりに「妊娠8ヶ月、ご様子はいかがでしょうか?」というハガキが届いてしまい、心がザワついてしまったからです。
勇気を出して自治体に死産届を出していることを伝え、共有体制について問い合わせた所、「こちらの自治体に死産届を提出してもらえれば情報共有され、おハガキも止めることもできるし、死産についてのケアのご案内もお知らせすることも出来たが別の自治体に提出されると把握出来ないためそれが出来ない。」という返答を貰いました。そこで初めて、死産届が別の自治体に出ていたことを確認しました。
役所の方からは、配慮と暖かい言葉が溢れるご連絡をいただき、東京都の「赤ちゃんファースト」の対象であることを教えて頂き、しっかりと受け取ることができました。(育児グッズなどは不要だったので、お風呂とエアコンのお掃除サービスに引き換えました!)
ハガキが届いた時、心がざわつき、どうせお役所は妊婦コースからコースアウトした人間のことなんて何にも分かってない、と勝手に憤慨していたのですが、決してそんな事は無いこと、ちゃんと色んな人の事を考えてくれてることが分かり、問い合わせる行動をとって良かったと思いました。
そして自治体へは、葬儀業者にお願いしてしまったため他の自治体へ提出されてしまったこと、死産届を出しに行くのは精神的にも物理的にもしんどいので、葬儀業者のサービスはありがたく、きっと皆さんが利用されると思うので、今後同じような人のために葬儀業者への周知を可能な限りお願いしたいということをお伝えしました。
依頼していた葬儀業者には、自治体からの適切な情報とサポートを受けられるよう対象者の自治体に死産届を出してもらいたい、という旨をそれぞれメールで伝えました。
私は事の背景を理解したので納得しましたが、怒りを持ったまま、どうせわかってくれないと傷ついた経験で終わっている人もいるかもしれないと思います。改善されるかは分かりませんが、少しでも種を撒いて今後同じような状況の方が少しでも救われたらいいなと思います。
■当時の自分に伝えたいこと
不育症の検査をもっと早く受ければよかった、不育症と出たなら、しっかり専門の産婦人科で妊婦健診に通えば少しの変化に気づけて違っていたかもとか…まだタラレバな事ばかりまだ考えているので振り返る段階にいない感じです。働き方を変えたり、しっかり自分軸を取り戻せた何年後かに、頑張ってたよねと声をかけられる自分になりたいと思っています。
14.パートナーに伝えたいことはありますか?
いつもありがとう!!悲しみを共有できたことだけで救われました。家族になれてよかったと心から思っています。
15.同じ働く天使ママ、これから職場復帰する働く天使ママさんへ伝えたいメッセージがあ
りましたらお願いします。
職場復帰は勇気がいるかと思いますが、復帰してみれば案外大丈夫だったりします。仕事をしていればモヤモヤと考えなくて済む部分もあるからかも知れません…ただ身体や心が辛い時は無理せず自分のペースでいてほしいと思います。自分と対話をして労わってあげてください。
16.その他、このインタビューを通して伝えたいことなどがあればお願いします。
死産や流産は誰にでも起こりうることなので、死産届の件や手続きに関して、その時どうしたらいいか、が多くの人に(特に人事など手続きを請け負う部署に)的確に伝わるといいなと思っています。
また、死産もそうなのですが、不育症についても理解や知識が広がれば良いなと感じています。経産婦なので何度流産しても「たまたま」と済まされてしまったことや、(医学的には確かにたまたまなのかもしれませんが)その後の不育症の検査にて私は妊娠継続のために薬を飲んでいたほうが良いということだったので、妊娠判明後に検査しに行った近所の産婦人科に薬の処方をお願いしたのですが、お医者さんもお薬屋さんではあまり知見がないようで説明が大変でした。また、その時言われたことや状況に傷つきました。(すぐ病院変更しましたが…)お医者さんの間でもまだまだ不育症への理解は低いそうなので、もっと不育症へのケアが広まれば良いと思います。
あとは、赤ちゃんがお腹で亡くなっていることが分かったあと、色んな方の体験記を読みました。だけど私は13週で死亡確認という、初期流産とのギリギリな週数だし、病気が分かってやむを得ずというわけでもない、新生児死でもない、地上に子供2人も居る…色んな方の体験記を読めば読むほど、私ごときが悲しんでいいのだろうか、と思ってしまいました。
お正月には能登の地震があった年で、さらに入院中は3.11の時期だったのでテレビでは家族を突然失った方のお話が報道され、壮絶な辛いことを経験された方がたくさんいて、余計にそう思いました。助産師さんにこの気持ちを打ち明けたら「そんな!悲しみに優劣はないわよ。」と言ってくださったのですが、それでもこの気持ちはまだずっとあります。
ただ、このインタビューを受けて気づきましたが、自分の経験はともかく、自分の悲しみを卑下してしまうことは、赤ちゃんの存在も否定してしまうことになっている気がして、それも違うなと感じました。どんなに小さくても、産まれてきてくれたのは立派な命で、ちゃんと私たちの家族でした。同じような気持ちの方がいるかなぁ、もし居たら、それでもこういう所で一緒に悲しませてもらおうね、と伝えたいなと思います。
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